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THE お弁当 ver.2K7i
「トレード・マークは澄んだ大きな瞳」  
構音障害のn@gyが言いにくかった箇所です。

申し訳ありません!! 言いにくい箇所は変更したり、削除したところがあります。



ある日。一郎さんと私は、横浜・山下公園で、海を前にベンチに座っていました。一郎サンは中途失明した方です。彼は静かに話し出しました。

「私はいつも電車で、リハビリセンターへ行くのが常でした。その日も、 いつもの ドアから 電車に乗り込みました。すると、 車内はあまり 混んでいませんでした。
折しも内 アナウンスが ありました。「一部両のが 故障して 開閉できません 。申し訳ありません。 恐れ入りますが、他の扉を ご利用ください。ご協力を お願いします・・」と。    でも、私には 「 それがどの車両で? どのドア の事を指しているのか?」見当がつかなかったのです。不親切なアナウンスだと思いました。 いくつか 駅を通り過ぎ、降りる駅が 近づいて来ました。して 座席から 立ち上がろうとした時です。 声を掛けられました。
「お手伝いしても良いですか?? よろしかったら
私のに おつかまりください。」 『え”・・』

「いえ、余計だ とはったのです 。先ほどから (車内)放送されている(故障した)ドアというのは この 車両のことなんです。おそらく いつも 決まったドアから 降りるのだろうと 思いました。そのドアが 今日は 開かないんです 。どうぞ 私の肩に つかまってください。故障していない ドアにご案内 しましょう。」

『・ぁ、それはどうも・有難うございます。』

その 言葉に甘えて 肩を お借りしました。

やがて 電車が スピードを緩め、 ゆっくりと 止まりました。その男性に導かれ、 昨日とは 違った ドアから ホームに 足を踏み出しました。

『本当に ありがとう ございました。助かりました。』

  そう お礼を言って、 歩き始めようと すると、さっきの電車の中から かわいい 女の子の声が 聞こえてきました。

     「・・・、お友達なの?」 「そうだよ、 お友達だよ。」 肩を貸してくれた 男性の声 でした。発車のベルが鳴って ドアが閉まり、 電車は の駅へと 去っていきました。

       私は で、さっきの言葉を 繰り返しました。『あ・の・人、お父さんの お友達 な・の。』

『そ・う・だ・よ、お友 だよ。』

       お父さんのお友達・・・・・、友・達・・・・・・。なんだか くすぐったい ような、暖かい 響きが 残っていました。

 私は このとき、初めて 駅の階段を 一段 踏みしめて上がっていくことが できました。」
「素敵な出会いですね。」

「ええ。二十代後半から どんどん眼が見えなくなり、三〇を過ぎたときには 完全に みえなくなりました。だから・・自暴自棄に なっていたんです。リハビリとマッサージの技術を 身につけるために、毎日 リハビリ・センターへ 通っていたんですが。それも おっくうになっていて・・・・・」
それが、先ほどの親子の会話で救われた・・・・・。」

       『よく 解かりますね』  
「だって、おっしゃたでしょう。「初めて駅の階段を一段一段踏みしめて上がっていくことができました。」と。」

  『あぁ さすがですね』
いや、あなたの語り口から情景が目に浮かんでくるんですよ。切ないくらいにね彼はほんの少しの沈黙の後、こういいました。
 

  ここから・・、右手に 氷川丸が 見えるでしょう。』
「氷川丸? はい。ちょうど、私たちの右手ですよ。」

今日。 ここに 来たのは、 眼が 見えなくなると宣告された その日に、「ジャ、僕は・・・・。これからどう生きていけばいいんだ。・・・」と ここで 呆然としていた ということもあるんですが、もう一つ 理由があるんです。妻に プロポーズしたきっかけは この 山下公園なんです。』
ここで奥さんにプロポーズなさったのですか。」

『えぇ。まだ 眼が悪くなる前の ことです。彼女とは 同郷でして。妻は 後輩にあたるんです。思い切って プロポーズした時に、目を 真ん丸くしながら、 頷いて くれました・・・。それが あの 氷川丸で、 だったんです。』
「なんだ、それなら 奥さんと来れば好いのにね。」

『いやぁ、今日も 仕事を しているんです。私は 眼が 見えなくなって、それまでの 勤めを辞め、半年ほど 家でどうしようもなく落ち込んでいましてね。 それから マッサージ師の 資格を取ろうとセンターへ 通ったんです。しかし、独立するまでに 五年かか りました。その間は、 私には全く 収入が なかった。しかも、 子供が 産まれた ばかりで、蓄えも ありませんでした。

そんな状況の、五年間 生計を 支えてくれたのが でした。一生懸命 支えて くれまして。結局、 は今だに 働き づめなんです。たまの 休みは 、家 でゆっくり 休ませて あげたい・・。となると、 山下公園に 来るチャンス なかったんです。今日は たまたま 先生が 講演なさると言うので、 便乗して 連れてきて いただいた。ありがとう ございました。』
「いやぁ・・・いいんですよ。」

『先生』
「えっ。」

『私の妻。 若いんですよ。』
「ほう、それは結構。で、いくつ離れているんですか。」

『いいえ!年じゃ ないんです。私、三〇を過ぎて 眼が見えなくなった。そのとき、妻は 二十代でした。 私に・・・ 最後に・・残っているのは、 のころの 妻の顔とか。眼を真ん丸くして 大きく 頷いたときの 顔とか・・・そういう 顔だけ なんです。だから 若い時の妻の顔なんです。』
そうか、ハハハ、いいねぇ。
老けていく女房の顔を見なくてもいいとは。
いつまでも二十代の奥さんの顔が残っているんだから。
いやいや、そんなこと言ったら失礼かな

でも、やっぱりいいねぇ。」

『眼が見えなくていいねぇ、 なんて 初めて言われました。ひどいなぁ。でも。 息子も そうなんです。』
「え”っ。」

『息子は 眼が見えなくなった時、 幼さなかった。小さな 体を 力一杯 震わせて 泣いたときも、笑ったときも、 初めて 歩いた時も・・それは 今でも はっきりと 見えます。十数年たちましたが、 大きくなった ということは 声の位置から 判 るんです。 そのも どんどん 変わってきました・・・。息子の成長を この眼でみて見たい。どんなを して いるんでしょう?・・・・きっと たくましく なっている・・・。でも、私の 頭の中に 残っているのは、 赤ん坊の 時の ・・・・いときの 息子の 顔だけ なんです・・・。』
「そうか・・切ない。切ないなぁ。」

そんな語らいの中で、私達は昼食を共にすることにしました。

彼は何十年来の愛妻弁当。
私は横浜名物、シュウマイ弁当。
実はこのシュウマイ弁当、私の大好物なんですよ。

このときも「やっぱりシュウマイ弁当だ!」と、
そんな思いで割り箸を手にし、ふと隣の彼の愛妻弁当に目をやると・・・・・・・・。

これがなんとまぁ、きれいな弁当ではありませんか!
厚焼き卵の鮮やかな黄色、カボチャの濃いオレンジ色、
きぬさやとピーマンの緑、にんじんの赤、かまぼこの白、
隅にあしらってある生姜の紅、それから焼肉に、
ひじきと豆の煮物に、しらすの炊き込みご飯・・・・・。

「いやぁ、綺麗なお弁当ですね。実に色合いが美しい。
しかも豪勢だ。毎日、こんな素敵な弁当なんですか」


       『はい、最初は 気がつかなかったんです。 弁当を見る人 みる人が 「盛り付けが 美しい」とか、「色の きれいな 鮮やかな お弁当だ」とか、 『の こもった お弁当』とか 言ってくれるもの ですから。

だから、に 聞いてみたんです。「私には 見えないんだ。 どうして 色の 綺麗な 弁当を 作るんだ? 毎日じゃぁ 手間がかかって 大変だ!」って。 すると こう 言ったんです。”ぼくの 眼が 見えなくなったとき、 妻は 落ち込んでいる ぼくに 声一つ かけられなかった。” 
  『が・ん・ば・ろ・う。』 そんな 言葉かないくらい、 私は 落ち込んで いたそうです。

 そして、 センターに 通うように なったとき、彼女は「自分ができることは、 を込めて お弁当を ることだ。」 と、言い聞かせた のだそうです。を込めて お弁当を作れば、 きっと がんばってくれる。そう信じて  毎日 工夫して 作り続けた というんです。

 そんな 妻に、息子が、 聞いてきたそうです。
「お父さんに そのお弁当の 色が見えるの?」と。
そのとき
こんな風に答えたんだ そうです。

「お父さんには形のある物は見えないけれど、私たちに見えないもので、お父さんには 見えるものが あるの。心とか、 空気とか。だから 栄養の バラン 取れたお弁当を作ろう。う 思い続ければその 「心」が お父さんには 見える。私たちが いつも いつも そばに居るということが 解かる。赤、 黄、 緑のおかずを 考えれば、 栄養も ばっちりだしね。お父さんには 私たちの 気持ちが、 が バッチリ・・見えるの。」

  している うちに、 泣き出して しまいました。初めて ですよ、彼女が 泣いたのは。そのとき、 声を 上げて 泣いたんです。
 

私は 眼が 見えなくなったとき、 死ぬ事 ばかり考えていました。みんなに 迷惑を かけるし、邪魔でもある。そう思う日が 何日も何日も きました。でも、電車で聞いた 「お父さんのお友達だよ」という言葉、 そして 「お父さんには心が見える」という 妻に支えられて、なんとか やってこれたんです。

そして、 初めて ・・・気がつきました。 見えなくなって 見えてくるものがある。 ということに。そう、 確かに、 見えなくなって 見えてくる物が ・・ あるんです。』
 

電車の男性の心あたたまる優しさ「素敵な出会い」。そして奥さんの心遣い。奥さんの心を込めた「お弁当」は、素敵な演出ですね。


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